仮説

昔々ポルトガルというところに、モニスという医者がいて、
鬱病に対する「ロボトミー手法」という効果的な手術の技法を編み出して、
ノーベル賞を取りました。

今でこそ医学的な治療とか、メンタルヘルスの
ことなんかが取り沙汰されておりますが、昔の鬱病の
治療法といえば、拘束衣をつけたり、暗室に閉じ込めたりと
いった荒治療であったようです。

その時代に、モニスのロボトミー手法が編み出された。
あまり手のかからない簡易的な手術であることから、
鬱病の患者に対して多くの手術が行われたようです。

しかし、その手術とは、脳の一部を切り取るという
非常に恐ろしい手術なわけです。この手術が流行した
数年後、たくさんの人がヒドイ目に遭い、廃人になったり、亡くなった方も
たくさんいるんだそうです。当然です。脳みそが削られ取るんですから。

今では考えられないそのロボトミー手術も、当時は莫大な需要があり、
ノーベル賞を取るほどのことだったわけです。
だから、今当たり前のことも、ゆくゆくはそうじゃなくなるぜっていうことは
そんなに珍しいことじゃねえよということがいいたいわけです。
「一人殺せば犯罪者で、百万人殺すと英雄」といった人もいたし、
「それでも地球は回っている」といって、とんでもねえ奴だと殺された人もいるわけです。

たとえば、姉歯さんの設計が「地震に耐えないまでもコストを安くしたいい設計をする建築士」
という評価を受ける日が来るかもしれないし、ヒューザーのような金儲けのビジネスモデルが
「よく考えるとすばらしいものだ」ということになるかもしれない、というようなことが
絶対にないよとは、必ずしも言い切れないんじゃねえのというくらいに思ってたほうが、
このご時世いいんじゃねえかという気がいたします。
若干あぶねえこといってるっていうのは、わかっているつもりです。

どうですかね?
[PR]
by IzawaHeavyInd | 2006-04-27 00:59 | 手記
<< こんばんは ニン! >>